大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和50年(行ツ)60号 判決

大阪市住吉区万代東五丁目三四番地

上告人

松田吉男

右訴訟代理人弁護士

大槻龍馬

谷村和治

大阪市住吉区上住吉町一八一番地の一

被上告人

住吉税務署長

坂元亮

右指定代理人

平塚慶明

右当事者間の大阪高等裁判所昭和四八年(行コ)第四号所得税再更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五〇年二月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大槻龍馬、同谷村和治の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本林譲 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊)

(昭和五〇年(行ツ)第六〇号 上告人 松田吉男)

上告代理人大槻龍馬、同谷村和治の上告理由

一、原判決には、理由不備又は理由齟齬の違法があり、破棄を免れないものである。

即ち原判決は、上告人について昭和三六年度に真実二、〇〇〇万円の雑所得があったか否かを確定するにあたり、証拠によれば「安田こと安珉、濬が上告人名義で出した内容証明郵便につき妻に連絡して自己の実印を捺印させているのであるから、社会生活上重要な実印を捺印させる以上、文書の内容を聞いた上で捺印させたものと解すべきで、内容を知らずに実印を捺印させることは通常考えられない。従ってこの内容証明郵便は、上告人の意思に反するものとは解されない。又覚書の約束は、上告人と密接な関係にある実弟の松田正男がしたものであるが、同人が上告人の意思に反して行動するものとは考えられないし、上告人の秘書である尾崎勇が立会人として署名捺印しているから、上告人が覚書の内容を承認していたことの証左ともなり得る。又右覚書が作成された日に接着した日に上告人が印鑑証明及び登録証明書を準備していることから、右書類と引換えに二、〇〇〇万円の支払を受けることを知らなかったとみるべき根拠はないから、上告人が松田正男に覚書の約束に関する行為を承認し、同人に代理権を与えたものとみざるを得ない。又、上告人は、仮登記抹消手続に必要な書類を安田に渡したのだから、二、〇〇〇万円の受領権を安田に与えたものと解するを妨げない。従って安田が二、〇〇〇万円を受取った時点において、上告人が二、〇〇〇万円を受領したものと認めることが出来る。」旨判示しているのである。

然し乍ら、右は、以下述べる如く、証拠に基づかない単なる可能性を積み重ねた推論による特異な判断であると言わねばならない。

先ず安田こと安珉 濬が上告人名義で作成した内容証明郵便乙二号証についてであるが、その作成された経緯等の事実関係を無視して単にこれに上告人の実印が押捺されているとの一事をもって、上告人がその内容を知っていたものと解することは、著しい論理の飛躍であり証拠に基づかない不当な判断と言うの他はない。

上告人は、昭和三五年夏頃から昭和三七年秋頃にかけて韓国のサンチョクに創った三和製鉄株式会社のため四回に亘り渡韓し長期滞在を重ね同社の事業に奔走していたものであり、(第一回・昭和三五年八月一三日より同年九月二〇日まで三八日間、第二回・同年一一月三〇日より昭和三六年一月一四日まで四六日間、第三回・同年三月八日より同年一〇月四日まで二〇四日間、第四回・昭和三七年三月三一日より同年一一月一七日まで三一九日間-甲第一乃至四号証)、安田により乙二号証の内容証明郵便が出された時も、上告人は韓国滞在中で、安田からの電話などなければ、上告人が出張先の韓国から態々国際電話をかけて内容証明郵便を出す必要など全くなかったもので、安田が作った乙二号証を上告人は見たこともないのであるから、いかに国際電話で安田と話が出来たとしても、安田が上告人にどのような内容の文書を書くと説明したのか、その説明と乙二号証の文言とが一致しているか否かが問題であり明らかにされなければならないところ、この点について上告人は「安田から何回も電話があって、なんか内容証明を出すからとにかく判をついてくれと言って来たが内容ははっきり判らなかった。」旨述べており、上告人においてそれが一億円の損害賠償を請求する内容証明郵便であると知っていたと認める事は出来ないのであり、他に右認定を覆えすに足る証拠はないのである。

従って第一審が「乙二号証が原告の意思に基づいて作成された真正な文書だとは断じ難い」と判断したのは全く正当であり、これに反し、乙二号証に上告人の実印が捺印されているから上告人が内容を知らない筈がないとした原審の判断は、証拠に基づかない不当な推論と言わねばならない。

次に覚書(乙四号証)についても、これが作成された昭和三六年九月一九日当時、上告人は、その年の三月八日より長期に亘って韓国滞在中であったもので、上告人及び証人松田正男の証言からも明らかな如く、上告人は全くそれが作成されたことを知らなかったものであり、他に上告人がこれを知っていたと認めるに足る証拠は全く存在しないのである。

松田正男は、鳩タクシー株式会社の代表取締役社長としてタクシー業務の一切を掌握していたものであるが、一方上告人は、同社の会長とは言っても代表権もなく同社のタクシー業務等については一切を社長に委せきりで全く関与せず、当時は前記三和製鉄株式会社の株主及び役員として専ら同社の業務に専念していたものであり、松田正男と実の兄弟ではあっても、当時二人が特に緊密な関係にあったとは認められないのであり、この点についての原審の判断も事実に反するものであると言わねばならない。

而して原審は、二人が右の如き緊密な関係にあるとの認定を前提に松田正男が上告人の意思に反して行動するものとは考えられないとし、覚書作成について上告人の松田正男に対する代理権授権の事実が認められないのに論理を飛躍して、上告人は右覚書の内容を知っていて松田正男に代理権を与えていたものと見ざるを得ないと結論づけているのである。

然しながら、右覚書は、牧野等が昭和三六年九月一九日突然来阪して、事情をよく知らなかった松田正男に話を持ちかけて急拠作成された文書であり、文書の内容は勿論、松田正男と言う署名も牧野が記載したもので、その名下の印も上告人のものでも松田正男のものでもなく事務所にあった三文判であることから、松田正男が牧野等を余り信用しておらず話を真剣には聞いていなかった様子が明らかに認められるのであり、松田正男も牧野等が野本治平の代理人かどうかも判らないし、二、〇〇〇万円の話も余り信用出来なかったので上告人には全然連絡もとらなかったと証言しており、上告人も右覚書のことについて連絡を受けたことは全くない旨供述しているのである。

尚原審は、上告人が乙四号証の覚書を知っていたと認められる証左として覚書が作成された日に接着した日に上告人の印鑑証明書等が用意されていることを挙げているが、これ又明白な誤謬であると言わねばならない。

即ち、上告人が安田からの依頼で妻に国際電話で仮登記抹消用の右書類を準備するよう指示したのは、印鑑証明書の発行日付けが昭和三六年九月一八日であることから同日以前であることが明白であり、この時点においては乙四号証の覚書が作成されていないことも又明白な事実であって、上告人は右覚書とは全く無関係に安田の依頼で仮登記抹消用書類の準備を指示したことが明らかなのである。何故ならば、上告人が国際電話で妻に印鑑証明書等の準備を指示した時点においては、牧野等と松田正男等との間において、右書類と引換えに野本側が二、〇〇〇万円を支払う約定等出来てないのであって、上告人が書類と引換えに二、〇〇〇万円の支払を受けることを知って書類を準備した等と言うことはあり得ないからである。

況して上告人に仮登記抹消に必要な書類を用意するよう国際電話で依頼した安田は、牧野等が同年九月一九日来阪して松田正男等に会い二、〇〇〇万円を支払う覚書を作成した話合いには全く関与しておらないのであって、安田の上告人に対する仮登記抹消に必要な書類準備の依頼に際し二、〇〇〇万円受領の話が出ることは考えられないのである。

従って上告人が、松田正男に対し仮登記抹消問題について代理権を授与したことはなく、又安田に対し二、〇〇〇万円の受領権を授与した事実も全く認められないのであって、第一審が、覚書契約を松田正男の無権代理行為と判断し、又、安田が上告人から二、〇〇〇万円受領の委任を受けていたと認めるに足る確証はないと判断したのは全く正当と言わねばならない。

然るに、右の如き事実関係を全く無視又は看過し、或いは証拠の判断を誤って、上告人が印鑑証明書等と引換えに二、〇〇〇万円の支払を受けることを知らなかったとみるべき根拠はないから、上告人は松田正男に覚書の約束に関する行為を承認し、同人に代理権を与えたものとみざるを得ないとし、更に上告人は安田に仮登記抹消手続に必要な書類を渡したのだから二、〇〇〇万円の受領権を安田に与えたものと解するを妨げないとして、上告人に二、〇〇〇万円の所得の存在を認定した原判決の判断は、証拠に基づかない全く非論理的な判断と言わねばならない。

況して税務訴訟においては、税務官署において当該納税者に所得のあったことを立証すべき責任があるところ、本件において上告人は仮登記抹消時、二、〇〇〇万円の受渡しが行なわれたことを全く知らなかったものであり、真実二、〇〇〇万円の所得がなかったと主張し立証しているものであり、他に上告人に二、〇〇〇万円の所得があったと認めるに足る十分な証拠がないにも拘らず、可能性を積み重ねた推論により、上告人に二、〇〇〇万円の所得があったとして、被上告人の課税処分を相当であるとした原審は、事実の認定及び立証責任の分配を誤ったものであり、原判決には判決の理由に著しい不備があるか、又は理由齟齬の違法があると言わねばならない。

二、仮に右違法が、理由不備又は理由齟齬に該当しないとしても、原審の判断は、経験則に反する違法な判断であり、この違法は判決の主文に影響を及ぼすことが明らかであるから、いずれにするも原判決は、破棄を免れないものである。

よって更に適正な裁判を求めて本件上告に及んだ次第である。

以上

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